クリーニング のことなど

クリーニングのことなど
〜すべては、自分を愛する、ということなのかも

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ホ・オポノポノ関連の記事を 続けて 書いたあと、
記事更新を お休みしていましたが、

現在の 私は、
ホ・オポノポノからは、
やや フェイド・アウトしています(苦笑)




ブルーソーラーウォーターは
本数を増やして 愛用しており、
「ありがとう」も、自然に、繰り返していますが、

「24時間、可能なかぎり クリーニングする」
と いう思いは 手放しました。





方法論に ついても、
原点回帰 と いうか、

ホ・オポノポノの枠組みには こだわらず、
エンドレスありがとう を ベースに、
安田隆さんや、あまちゆうとさんの方法など、
そのとき、一番、ぴったりするやり方で、実行しています。



また、
引き寄せの法則的に、
「感じている気分」も、バロメーターとして 大切にし、
こうありたい、という意図も、はっきりさせています。











ホ・オポノポノを 徹底する方向に いかなかったのは、
ひとつには、
少々、疲れ気味の 自分に 気がついたからです。



”つねに、ウニヒピリと 対話し、ケアしなければ” とか
”毎瞬、クリーニング しつづけなければ”
”期待や 執着も、クリーニングしなければ”、などと、
気を張って 自分を チェックしていたようで 、
(それらの思いも又 クリーニングしなければ、
 という 無限のループ)



ふと、我にかえると、
神経が ぴりぴりして 心が安らげず、

ほのぼのした 幸せ感や、楽しい気持ちを
忘れてしまっている事に
気がついたのです。










わたしは、
仕事など、没頭 集中していると、
つい、クリーニングのことを忘れて、
ぱっと 行動してしまうことも 多く、
 

ホ・オポノポノで 推奨されているような形での、
ウニヒピリのケアは、
なかなか、持続できませんでした。
(ウニヒピリに クリーニングを教えて
 実行 してもらうことにより、
 24時間 クリーニングが 可能になる、
 という意味のことも 書かれているのですが、
 手応えというか、
 できているのか いないのか
 わたしの場合、どうも よくわかりませんでした)






そうすると、
だんだん、
うっすらとした 自分を責める気持ちが つみ重なるというか、
それを、クリーニングしても
どうしても 気持ちが 重くなっていきました。



ぱっとしない気分を 感じていたためか、
現実も、なにやら、停滞しはじめ、
望まないことも、いろいろ起こりました。










ホ・オポノポノは
真実の方法だ と思っていますが、
唯一の 正しい方法 というわけでは ありませんので、

とりあえずは、
いったん ホ・オポノポノ的な概念を 手放し、

なんとなく 心ひかれて 手が伸びた、
安田隆さんの 何冊かの 本や、
リン・グラブホーンさんの
「気分」の力で人生うまくいく!』等を、
読みかえしては、
実践していました。

(安田隆さん といえば、
波動干渉と波動共鳴』を、ご存知の方も 多いと思います。

それ以外にも、何冊か 出されているのですが、
一見、手軽な ハウツー本的な 体裁・タイトルで
軽いタッチで、書かれているものが 多い為、
内容の 良さが、見えづらいのですが、

簡単にできて、効果もある方法が、
おしげもなく 公開されている 隠れたすごわざ本です。)











安田隆さんの、
波動を、身体感覚に 変換するやり方を 使ったり、

リン・グラブホーンさんの本を読み返し、
「いい気分」でいることの 大切さを、
あらためて、実感しながら、

楽しく うきうきする 気持ちを 感じられるよう、
工夫をしていく中で、
はやばやと、
現実も、楽しいものに 転換しはじめました。










温かな 陽射しの中で、
ぼーっと、くつろいで、リラックスしていると、

自分の心の動きや、思いが、くっきり見えて、
いろいろなことに、気づきました。





たとえば、
・いやな出来事を体験したり、心地悪い感情をいだくと、
 それらを嫌い、見ないようにして、
 ふり払うように、
 クリーニングしがちだったこと。




・クリーニングをつづけていくうちに、
 言葉を 唱えれば唱えるほど、
 クリーニングに 執着してしまう、というか、

 クリーニングに 頼ってしまう 反面、
「これだけ クリーニングを しているのだから」
 と いうような思いが でてきていたこと。





・クリーニングすることが、
 いつしか、義務のようになり、
 頑張って 無理をして、
 自分を 縛って 苦しくなり、
 楽しさを、おいやってしまっていたこと etc。










でも、
ぼーっとしながら、
何も考えず、静かに ゆっくり、呼吸し、
感じているものに、ただ 意識をむけていると、

その感じているものや、自分自身に対して、
理解というか、
見守るような感じというか、受容というか、
なにか、あたたかな気持が 生まれて、

それだけで、
それらは、消えていきました。








“ひょっとして、
クリーニングとは、
究極の 意味では、
自分に「愛をそそぐ」こと〜 自分を愛すること、
では ないか。”

また、
“ホ・オポノポノの本では、
「ウニヒピリとの関係が うまくいかなければ、
クリーニングは 完結しない」
と いう趣旨のことが 書かれているけれど、

「ウニヒピリのケア」として、
ホ・オポノポノのセオリー通り やらなくとも、
同じ 結果を もたらせるのではないか”、

〜 そんな風に 思えたのです。









さらに、
自覚していた以上に、
自分を責めたり 疑っている事にも 気づいて、
おどろきました。


何かを 選択するときや、判断するとき、
感情を抱くときetc、

とにかく、
ありと あらゆる瞬間に、
無意識レベルで、瞬間的に、
自分に対する 批判や 疑いがよぎっており、


それによって、
エネルギーが しぼむので、

自覚したときには、
「気持ちがしずんで、落ち込んでいる」状態に
なっていたことも、わかりました。










考えてみれば、
ホ・オポノポノ を含め、
クリーニング(クリアリング)には、
”完結・終了”は ありません。

どれだけ 熱心に、
長い年月 クリーニングを 続けたとしても、
生きている以上、
日々、あらたな 情報も、増え続けるわけですし、

個人の記憶 だけでなく、人類共通の記憶 まで考えたら、
「一点の曇りもなく すべてがクリアになる」日は
たぶん、永遠に 来ないのだ と思います。




元々、わたしは、
世界の平和、人類の進化のためというような
崇高な 志をもって
クリーニングを はじめたわけではなく、

単純に、幸せになりたくて、
のぞむ 現実創造を 邪魔する、
自分の中のブロックを クリアにしたくて
はじめました。


ある程度 続けてきた 今 現在でも、
正直、
ヒューレン博士のように、
「クリーニングの為に 生きる」ことは
できそうにありません。






いずれにしても、
生涯 続ける 必要があるもの なら、
できない時があっても、自分を責めず、
自分のペースで、
無理せず、楽しく 続けられそうなやりかたで やろう、
と 思うように なりました。



そんなこんなで、
現在は、
感じている『気持』に、注意を払い、
「わけもなく、幸せな気持ちを感じる」瞬間を、
大切にしながら、
「引き寄せ」プラス、
いろいろな やりかたで クリーニングを しています。




「わけもなく、幸せな気持ちを感じられる」状態、
というのが、
やはり、かなり、重要な気が します。


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posted by となりのポン太 at 07:51 | ■自分を愛する・自分を知る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする|
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